31、仙人の教え
とんとむかし、盲の母をもった孝行な息子があったげな。盲でもその息子は親孝行で、
日にち毎日わらじを作って、それを売って、 その銭で何でも親の好きなものを買うて進ぜる。
「こんな孝行息子は、世界中さがしてもそんがにあるまい。私もそのことは幸せじゃが、目の見えんだけが悲しい」
と母親は喜んだり、悔やんだりしよったそうな。子供はあんまり母親が悔やむもんで、
どうぞして目の見えるよう直してやりたいと思いよった。 母親は、
「神仏に頼んで信心しよったが、七十年も信心したのに直らんのじゃきに、今さら信心でもあるまい。
生まれつき目が見えんのじゃきに、
何ちゃ自分が悪いことしたり、神仏の罰(ばち)があたったきに、見えんようになったのでもない」
と言うて、あきらめてしもうとった。
しかし息子はそれでも直してやりたい一心で、一生懸命神仏を祈りよったら、夢のお告げがあった。
山に仙人世界というのがある。そこの仙人に頼めと言うお告げだったそうな。次の朝、早う起きて、
「仙人はどこにおるんぞ」
と言うて、近所で聞いてまわったが、誰っちゃ知っとる衆(し)はない。
「海に竜宮世界というのがあるんじゃきに、山に仙人世界というのがあっても不思議なこたあない。とにかく遠い山じゃ。
そこにおるに違いない」
と息子は考えたので、麦(ばく)を煎(い)っておちらしをどっさり碾(ひ)いた。そのおちらしを袋に入れて背に負い、
仙人世界をさがしにでかけた。
家を出てしばらく行きよると、この村で一番の長者に出会うた。
「朝早うからどこへ行きよる」
と言うので、
「私は母親の目を治したいきに、仙人の所へ行きよる」
と返事した。そしたら長者は、
「それはちょうどよいところじゃ、私の娘が、もう指折り数えて三年三月、つらいことにゃ病気で寝よる。
どうぞして直したいが、どうしたら直るか、きいてきてたもるまいか」
と言う。
「楽なことじゃ」
と請け負うて、長者と別れてまた道を出かけた。そして行きよったら、日が暮れかけたので百姓家で宿を借りて泊まった。
そしたら、その百姓家の主人が、
「どこへ行きよるんぞ」
とたずねた。
「母親の目を直したいので、仙人の所へ行きよる」
と答えた。そしたら、
「それはちょうどよいところじゃ。 」
「うちの裏に三本あるみかんの木が、三年このかた一つも実がならん。どうしてならんのかきいてきてくれまいか」
と頼むので、
「よしよし、楽なことじゃ」
と請け負うた。そして、あくる朝はとうから起きて、また出かけた。それからだんだん行きよると、山へかかった。
山を越えた。迫(さこ)[山ひだ]も超えた。
七谷、八谷、千谷、万谷越えて山の奥へ来た。そしたら山もあがれん、谷も通れん崖(たき)っこうの下へ来た。
「さて、困った。あぶか蠅(はえ)なら飛んであがれもするが、どうも人間にはあがる道がない」
そしたら、崖の上の穴から大蛇が鎌首ふり立てて、十二の角もふり立てて、
茶びんのふたくらいある大けな眼(まなこ)でにらまえた。そして、
「お前はどこへ行きよるんなら」
と、たずねた。恐(おと)ろしいが逃げることもできん。
「私は母親の目を直してもらいに仙人のところへ行きよるが、道がなしによわっとる」
と返事をした。そしたら、
「それはちょうどよいところじゃ。心配するこたあない。わしが上へ上へあげてやるきに、わしの頼みを聞いてくれんか」
と言うた。
「頼みとは何(なん)ぞ。」
と、聞いたら、
「わしは海に千年、川に千年、山に千年修行したが、どうしても天に昇れん。何ぞの罪で昇れんのかきいてきてくれんか」
と言う。
「それはやすいことじゃが、手かこ(手がかり)がないきに、ここから上へどうしてもあがれん」
と言うたら、
「よし、それなら心配するな。一寸(ちいと)ない待っとれ」
と言うと、穴の中に一ぺん引っ込んだ。そしたらすぐに三十三尋(ひろ)のへんぼ(尾)がぶら下がって、
腰をきりきりと巻いたと思ったら、ブーンと上へはねあげた。
「さあ、早よ行って来いよ」
と言うので、
「これは、えらいお世話になりました」
と礼を言うて、また出かけた。それからの道はだんだんけわしい、迫(さこ)から谷、谷からうね、木に取り付いたり、
蔓(つる)に取りついたりしてあがり、草の間を押し分け押し分け進んだ。もう、天竺(てんじく)に近いと思うところまで来ると、
普請(ふしん)が見える。
「やあ、でかした。仙人の家じゃ。さだめし立派な普請だろう」
と、おそるおそる近寄ってみると、あんまり普請は大きゅうはない。その家に爺さん婆さんが座りよった。
「仙人界の、仙人さんのお宅はここでござりますか」
と、たずねたら、
「そうじゃ、上へおあがり」
と言うてくれた。それで座敷へあがり、
「仙人さん、私はわらじ作りを渡世にしよりますが、この度(たび)おたずねしたいことがありまして参じました。
どうぞ、教えて下され」
と頼みこんだ。そしたら、
「今日は三つより用件がかなわんが、そのつもりで話してくだされ」
と言うた。それから、近寄ってよう見ると、頭には霜、額には四海波のおじいさんで、囲炉裏(ゆるり)にあたりよる。
その側まで寄って、
おじいさんの前に座ったものの、用件は四つある。それを三つしかきいてくれんという。
「よしよし、我(わ)んくのことはまた出直し、ききにきてもよい。頼まれたのを先にきいて帰ろう」
と心に決めた。
「仙人さん、私の村の長者の娘が、床について三年三月もわずろうておりますが、どうしたなら直りましょうか」
と第一にきいた。そしたら、
「それは心配いらん。今度、初めて顔を会わした人を婿(もこ)さんにすれば、すぐ直る」
と教えてくれた。それで、第二番目をきいた。
「それでは仙人さん、道端の百姓家で、三年続けてみかんの木に実がならんというのは、どういうわけでござりましょうか」
ときいたら、
「それは、その木の根元に千両箱が埋(い)けてあるきに、金の毒気で実がならんのじゃ。その千両箱えお掘り出したら、
年嫌いせずなるようになる」
と教えてくれた。
「それでは仙人さん、三番目のおたずねじゃが、ふもとの崖の穴におる大蛇は、{何ぼ修行しても天に昇れん}と言いよりますが、そのわけを教えて下され」
と言うたら、
「それは、大蛇の頭に、じゃこつ石という石の玉がある。その玉を取って、捨てたら願いがかなう」
と、三つの願いを教えてくれた。
「ああ、それでわかりました。ありがとうございました」
と、仙人に礼を言うて、帰ることになった。おいとま乞いをして、仙人の家を出て崖のところまで戻んて来ると、
大蛇が首を長(なご)うして待ちよる。
「石を取ったら、願いがかなう」
と仙人の教えを伝えてやると
、
「そんなら、我手(わがで)にわが頭のものは取れんきに、取ってくれんか」
と言う。
「私は刀もさしとらんし、切れものもないきに、それはでけん」
と断った。そしたら、
「わしの尾ばたのところに剣がある。それで取ってくれんか」
と言う。尾ばたのところを見たら剣があった。その刀を引っこ抜いて、
「痛うても我慢せい」
と言うて、頭の上のこぶを切り開いたら、なるほど石の玉がある。手をつっこんで、それを取ってやると 大蛇は、
「わしもこれで長年の願いはかなう。お前もきげんように帰れよ」
と言うて、玉も剣もくれたうえ、崖の上から下へおろしてくれた。そして、下から見よると、天から黒雲がおりて来て、
火の玉になって大蛇は天に昇ってしもうた。
それで、その男は剣と玉をひっさげて、行きしなに泊まった百姓家まで戻んて来た。そしたら、そこの主人が出て来て、
「よう行ってきたな。疲れつろう。早う上におあがり」
と言ってくれた。座敷へ通ると、
「さっそくじゃが、私の願いはどうだったぞえ」
と聞いたので、
「それは、みかんの木の根元を掘ったらわかる」
と仙人の教えを言うてやった。
主人は喜んで、お御馳走(ごっつおう)してくれて、一晩泊まった。あくる日、三本のみかんの木の根元を、掘ってみたら、
一本の木に一箱ずつ
千両箱が埋(い)けてあった。それをみんな取り出して、お礼に一箱くれた。
それから、その百姓家の主人に、おいとま乞いをして、玉と剣と千両箱をさげて、 我んくへ戻んてくる。
道で長者の家に寄った。
「長者殿、あなたの頼みは、初めて娘さんが会うた人を婿さんにしたら直る」
と教えてやった。そしたら、長者は、
「それは、ありがたい。そんなら、あがって茶でも飲んでくれ」
と言うので、座敷にあがった。うまいお菓子も出してくれて茶を飲みよると、次の間に寝よる娘が唐紙(からかみ)をあけて、
「私のことで、 お世話になりました」
と礼を言うて、這(は)うて出て来た。そして、顔を見合わせたら、腰もしゃんとして歩けるようになった。そしたら長者は、
「初めて見たのはお前じゃ。病気も直ったきに、婿になってくれ」
と言うた。
「それは弱った。それでは、目は見えんが母親もあることじゃ。それにすまん、まあ、往(い)んで相談してくる」
と返事して、急いで我んくへ走って戻んた。家に入るなり、
「お母さん、すまんことをした。 道で三つも頼まれた用件が出来て、人は三つこそ教えてくれんきに、
お前の目のことはきけざった。どうせまたでかけるきに、こらえておやり」
と言うて、座敷へあがって来た。それから座って、道中の話を聞かして、
「これが石の玉で、これが剣じゃ」
とさし出した。母親は、目が見えんので、さなぐりながら玉にさわると、たちまち目がぱっちりとあいた。息子は泣いて喜んだ。
それから、息子は長者の婿さんになって、みんな長生きして、みんな幸せに暮らしたと。人のためになることをしよったら、
わあにも福がふってくるとはこのことじゃ。と言うて、座敷へあがって来た。それから座って、道中の話を聞かして、
「これが石の玉で、これが剣じゃ」
とさし出した。母親は、目が見えんので、さなぐりながら玉にさわると、たちまち目がぱっちりとあいた。息子は泣いて喜んだ。
それから、息子は長者の婿さんになって、みんな長生きして、みんな幸せに暮らしたと。人のためになることをしよったら、
わあにも福がふってくるとはこのことじゃ。
(徳島県・「東租谷昔話集」・細川頼重・岩崎美術社) (昔話十二か月・・五月の巻 松谷みよ子編) 講談社文庫